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2009第3回九州都市景観フォーラム記録
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都市環境デザイン会議九州ブロック
第3回九州都市景観フォーラム
『歴史の継承×都市のシンボル×景観まちづくり』


■開催日時  2009年2月6日(金)14:00〜17:00
■会  場  福岡アジア美術館「あじびホール」




■開会のあいさつ
尾辻信宣(JUDI九州ブロック幹事)

それでは、第3回九州都市景観フォーラムを開催させていただきます。
今日のフォーラムに向け、JUDI九州では入念な準備をして参りました。また、講師の方々からも、それぞれのご専門から貴重なお話をしていただけるプログラムを準備しています。参加いただいた方々に十分、満足いただけるフォーラムになると信じております。また本日のフォーラムの会場として、この「あじびホール」を共催の福岡市よりご提供いただいています。この場を借りてお礼申し上げます。

本日のフォーラムは、大阪産業大学教授の金澤成保先生による基調講演、フォーラムの題材としている那珂川の変遷についての報告、それに5名の専門家によるパネルディスカッションの3部構成となっています。
基調講演では、金澤先生が提唱されている「アフィニティ」という概念を中心に、都市空間の質を上げる手法、これから求められる都市デザインのあり方について、お話しいただきます。
「那珂川の空間利用の変遷」の報告では、九州大学大学院博士課程に在籍し、「NPO水辺都市福岡を創る会」事務局長を務める佐藤直之氏より、那珂川沿いの土地利用・水辺空間の変遷について、ご紹介いただきます。都市デザイン、都市空間を考える場合に、単に目に見えるものだけでなく、その地域がどのような文脈で形成されてきたか、その地域の歴史なくしては考えられないといった視点より、ご紹介いただきます。
パネルディスカッションでは、「福岡市の都市のかたちと歴史の継承」と題し、九州産業大学准教授の日高圭一郎先生にコーディネータを務めていただき、金澤先生、九州産業大学講師の頴原澄子先生、佐保計画工房代表の佐保肇氏(JUDI九州)、佐藤氏をパネラーに、ご議論いただきます。専門的な知見を含め、都市のシンボルとして、これからの那珂川のあるべき姿について、ご議論いただきたいと思います。

それでは、早速、金澤先生の基調講演に移りたいと思います。よろしくお願いします。

 

■基調講演『これからの都市デザイン:アメニティからアフィニティへ』

  金澤成保

金澤 成保(かなざわ しげもり)
1951年東京生まれ(生まれも育ちも葛飾柴又の近く)大阪産業大学に勤務。人間環境学部教授。1975〜76年ベネチア建築大学に国費留学、1978年京都大学修士課程建築学専攻修了、1978〜91年日建設計大阪本社都市計画部/計画事務所に勤務。1988〜91年ペンシルバニア大学、コーネル大学に留学。1992〜2001年佐賀大学に勤務。2001年より現職。専門は都市計画、環境デザイン。

 
関西から参りました金澤です。
関西にある大学で教員をしておりますが、先ほど紹介がありましたように、8年前までは佐賀大学で教員をしておりました。当時は福岡・博多に度々、顔を出すことがあって、今日は非常に懐かしく感じて、非常にありがたく思っています。
今日の講演のテーマは、『これからの都市デザイン:アメニティからアフィニティへ』ということです。アフィニティという概念は、全く私の方から言い出している言葉ですので、若干、その解説を加えながら話を進めてまいりたいと思います。


 

アメニティの追求で都市は魅力的になるか
「都市はもっとアメニティを持つべきだ」という議論が当然ありまして、国や市町村行政の施策の中にもアメニティという言葉はたくさん使われています。具体的に都市空間の事業で考えますと、大体、緑ですとか河川や道路、広場等のオープンスペース、あるいは文化財や歴史的環境といったところと関連するテーマをアメニティと捉えてやってきているはずです。
それで、翻って考えてみますと、アメニティという言葉は、もともとイギリスから出た言葉だそうですが、どういう背景で出た言葉かということを調べてみますと、産業革命以降、ロンドン等の大都市が非常に過密で、かつ衛生状態が悪いという中で、実は衛生学的により健康で健全な街にすべきだとか、あるいは歴史的環境がどんどん壊されていく中で出てきた概念だそうです。
その後、日本でもアメニティという言葉が使われるようになって、様々な研究者がそのアメニティの概念について規定し、包括的と言いますか何でも入るような感じにしてしまっています。
それで私が簡単に再整理してみますと、まず基本的に「快適」という概念ですね。
それから今申し上げた通り、自然や文化的価値に富み、かつ秩序がある。したがって、静かで安定的な環境を保ち、かつ日常的に享受できる環境を求めるということ。
実のところ私は、私の経歴にありますように、大学の教員をする前に、実際の都市計画、都市デザインの仕事、実務に携わっていました。その頃から、アメニティばっかりでいいのか。アメニティというのは、今申し上げた通り、ある意味では「反都市」、都市の中に自然的な文化的なものを持ち込もうということです。今からご覧になっていただきますが、環境心理学という比較的新しい分野があります。これは特にイギリス、アメリカで盛んな分野で、日本はこれから広まっていくと思われる分野です。そこに出てくることを簡単にまとめますと、人間というのは「多様で変化に富み、かつ刺激に富むような非日常的な環境、あるいは安定した環境、秩序ある環境というよりは、変化やその様々なものが競合しながら均衡を求めていく。そういったダイナミックな環境を求めている。」というふうに言えます。

 


環境心理学の知見1 覚醒−非覚醒、快−不快、支配−服従
その例を簡単に3つほど、環境心理学の成果から話を申し上げます。
ひとつ目は、この心理学者であるメラビアン(A.Mehrabian)という人が「接近−忌避行動モデル」を論じています。これは嫌なものから遠ざかろうとする、興味があったり好きなものには近づこうとする人間が、どういう次元、どういう要因でその行動が変わっていくかについて、彼は3つの軸を見つけています。
「覚醒」と「非覚醒」。これは、パッと見て驚くような、刺激に富むような、そういうものですね。つまり視覚的情報であったり、あるいは体で感じるものです。それから眠くなるような、だるく感じるもの。
それから「快適なもの」と「不快なもの」。
それから「支配」と「服従」。これは、その場所を自分が全てコントロールできる、支配できるというものから、様々な規制があって使い勝手が悪くて服従せざるを得ないような環境を示しています。
この3つの軸について、実証的な研究を積み上げてみると、実は人間は必ずしも快適で自分ができるような、自分が支配できるような環境をいいというふうに考えるよりは(「覚醒」というのはちょっと驚かされるようなもの、秩序というのは比較的この「非覚醒」の方に入ります。)、意外にも、びっくりするようなもの、つまり許容範囲の「不快」とか、許容範囲の「服従」をさせられるといった中間的なものに人間は惹かれると言っています。




環境心理学の知見2 統一性・分かりやすさ、複雑さ・不思議さ
それから、カプラン(Kaplans)という2人の兄弟が、人間はどんな環境を求めているのかという研究を行っています。
これは膨大なスライド写真の評価を踏まえて、4つの要素に分けています。その要素は、「直観される」・「推理・予想される」と「理解」・「探究」の四象限に分類し、定義づけられています。
「統一的なもの(統一性)」については、普通の人間は良いなと思います。しかしながら「統一的」だけれども実は、それだけでは(先ほど言った「非覚醒」にあたるんだと思うのですが)物足らず、人間はちょっと分からない、何だろうといった好奇心をそそられるもの。つまり「複雑さ」やそれから「不思議さ」というものを人間は求めます。それに、「統一性」と連動するような、割と理解をしやすいという「分かりやすさ」legibilityが加わります。


 
皆さんもご存じのケビンリンチという研究者は、世界的に現在でも影響力がありますが、彼の研究の基礎になっているのが、この「分かりやすさ」です。「分かりやすい都市は、良い都市である」ことを彼はずっと言っているわけですが、実は環境心理学の知見から言いますと、人間っていうのは「何だかわからへん。」「不思議だな。」と思うことを潜在的に求めているということがあります。
ということは、このアフィニティという概念を何で言っていたかというと、先ほどのアメニティだけでいいのか、あるいは都市のデザイン(特に日本の都市の場合は、乱雑で統一性がない、何だかヒッチャカメッチャカじゃないかと。確かにそういう問題点もありますが.)を統一すればするほど、我々は良い都市環境を生み出せるのかどうか、という議論をたくさんの研究者、実務者の方々から聴かされました。それで僕は大雑把に使われているアメニティという言葉を「本当にそれでいいのか」と疑問に思い、このアメニティを含む概念について一度しっかり勉強してみようと思いたったのでした。

環境心理学の知見3 複雑さ、目新しさ、不一致、驚き
もうひとつ、環境心理学の知見ということで、これはバーリン(Berlyne)という人で、美しいということは何だろう、ということを考えていた研究者です。
彼が使っている言葉は少し違っていますが、複雑さがある、目新しい、不一致である、驚きをもよおさせる、といったものがあります
これらがあんまりありすぎると拒絶感がありますが、中程度あるものについては、人間は何か美しいと感じるのであろうということです。これは環境心理学の環境自体の評価に関わることですが、「都市を美しくすれば良い街になるか、美的になれば良い街になるか」という議論です。あるいは「芸術的になれば良い街になるか」ということをよく考えていただくと分かると思います。
現代美術は、−この会場もアジア美術館といって現代的な美術も扱っているようですが−現代美術になればなるほど、我々が知っている古典的な、例えば印象派の絵ですとか、写実派の絵から今の現代の絵は、目新しさとか、驚きだとか、不一致という方向にいっているわけで、我々がいう美しいモデルも実はこういう統一だとか安定的、静的なものではなくて、何か刺激だとか、常に変化し、多様性を求めているのが、どうやら環境心理学から出てきた知見ではないかというふうに考えることができるのかと思います。



アフィニティからのアプローチを
ということで、何かアメニティではない言葉で整理できないかということで、だいぶ前から考えていたのが「アフィニティ(Affinity)」という言葉です。これは英語ですが、直訳しますと、「親和性とか、愛着、親しみ、なじみ」ということです。それから化学の用語にも使われるそうで、ある化合物と化合物が結合する状態、ということは“結合”というふうに捉えていいわけですね。つまり環境と人間の心理がどういうふうに結びつくかということ。アメニティというのは、実は環境だけの議論です。人間から見てどうかという議論はしていないので、こういうアフィニティという概念を入れると、先ほどの環境心理の分野も含んだ概念で捉えなおすことができるのです。またデザイナーや建築家の方々は、すぐ日本の街は汚い、もっと芸術的に美的にしなければいけない、というのですが、一方で我々が「この街は落ち着くな、馴染みがあるな」というふうに感じるところは、必ずしも美しくはなくて、快適でない環境に、人々は「アフィニティ=親和性、馴染み、愛着」を感じるということがあります。
これは「男おいどん」の絵ですが、僕の世代だとこの漫画がよく出てきて、こういった汚い下宿に居るのも非常に馴染みのある、彼にとっては非常に居心地の良い環境だったんです。しかしながら、これはアメニティではないですよね。こういう環境はアメニティでもないし、美的でもないのですが、実は人間はこうした場所で人は安堵を感じたり、ゆっくり感じたりするもの事実です。
ということで、このアフィニティの中には(一番手前の円の中の文字)「用」と書いています。
いわゆる、『用・強・美』というデザインの概念のひとつである「用」も入るし、アメニティも入ります。そうしたデザインやアメニティもありますが、それよりも、もっと大きなもの(アフィニティ)で考えていく必要がある、ということを今日、問題提起させていただきたいと思います。



アフィニティの構成
それではアフィニティがどんなものから構成されるかと言いますと、環境そのものの資質ということで、これを更に分けてみますと、「環境の資質」はひとつはアメニティにも通ずる「感覚的」ということです。身体感覚的とも言っていいかと思います。体に感じて快適であるという感じ。そういうものがあれば、人間は比較的アフィニティが高まるのではないかと思います。
それから「視覚的」というのは、目で見えるものに対しての親和性。例えば、僕の大学の中で、女子学生の服装に親和性を感じないことがあるんですね。その時は、若い者同士は親和性は高いんだと思うのですけれど。ということで目に見える親和性というものがあって、したがって我々が都市空間の中で、ここは馴染みがあるな、愛着をもつなというのは、この視覚的な親和性からひとつは入ってくる。
それから、今日の議論にあがっているでシンボルという点に展開していきますが、その意味で、もうひとつの意味性というものがあります。意味的な親和性です。これは例えば、京都に木屋町という地域が、今はただの飲み屋街ですが、実はそこは、幕末の勤王志士だとか、左幕派だとかがよく戦いを起こして、勤王の志士が暗殺されたという場所です。ここは、幕末から明治維新にかけて、沸き立った場所なんです。そうすると、そういった幕末の頃のことを知った上で、あの飲み屋街の中を歩くと、「ここに幕末の近藤勇だとか新撰組だとかが、ここを歩いたんだ」といったことを重ねると、そこに意味性、シンボル性が加わってくる。



シンボルというのは象徴性ですから、その場所に意味が与えられているのです。シンボルとは、個人だけでなくて社会的に共有される意味でもあります。実務をやっている方とその事を話していると、すぐ形だとか色だけの話をする。そこが違うなと思う。実は人間はシンボルを見て、形や色だけしか考えない訳ではない。かなりの部分、その建物や場所がもっている歴史的な意味や文化的な意味を我々は考えれば考えるほど、その重要性を感じるわけです。
例えば、骨董品なんかの品定めをする、なんとか鑑定団というものがあって、だれだれが持っていたもの−例えば、豊臣秀吉が持っていたもの−だというと、途端に欲しがったり、例えばビートルズのサインが入ったものというと、値段がいきなり高くなる。結局、そこにはみんなが共有する意味がそのものの価値をグッと上げるわけで、だから都市デザインや景観論を単に視覚的な問題だけで限定的に議論するのは限界がある。ということは既に言われていることです。それをアフィニティという概念につなげますと、そういった意味的なアフィニティがあるのです。
それからもうひとつ、これは環境ですから、都市空間とか建物で見ていいのですが。実は、そこで人やイベントがあるということは、親和性=馴染みや愛着がある、「いいなぁ。」と思わせることが当然ありうるということです。
考えてみればいいのですが、私はかつて、大阪に勤めていたとき、休日出勤せざるを得なくて、大阪のオフィス街で立派な建物が立ち並び、景観的にも良いと言われる御堂筋をたまたま歩いたのですが、日曜日の誰もいないときに御堂筋を歩くと、全然通りのイメージが違うのに気づきました。つまり、親和性なんてことを考えると、環境側だけでなくて、そこでいろんな人が何か活動を行っていることが、実は非常に重要な要素であると言えます。だから、「アフィニティ」として都市を見る場合には様々な側面を重ね合わせながら、都市デザイン等のハードから、祭や活動などソフトに至る部分や社会の仕組みまでを考えていく必要があると思っています。


「都市のシンボル」というのが、今日のテーマのひとつになっていますので、ここからは、大阪等の事例を紹介しながら、皆さんとともに考えてみたいと思います。

都市のシンボル:意味的アフィニティの拡大へ
開会前から会場のスクリーンに幾つかスライドが流れていましたが、建物の単体の問題から、都市計画的な視点で言うと、道や河などでつなげていく線の展開、面の展開といったネットワークを広げていくことが必要です。建物一軒からの保存から始まって、更にそれが街づくりなど、線から面へといったものへ展開していくことが求められています。
具体的には、車が走る空間というよりは、線というネットワークそのものを、歩行者空間と考えた方が良いのですが、これを整備し快適化し、単体としてのシンボルではなく連携した都市デザインとして連鎖させていく、といったことが必要です。これについては、後ほど事例で紹介したいと思います。



それから、私の講演の後、佐藤さんから那珂川沿いの歴史的流れの説明をいただきますが、実は先ほどのシンボルというのをどういうふうに捉えればいいかと言いますと、非常に短い間に出てくるシンボルよりも、はるかに歴史的な積み重ねで、事件や、あるいは人間の思い入れや記憶だとか、あるいはそこでのアクティビティであるとか、そういうものがどんどん重なってくると、シンボルは強化されていくということになると思うのです。したがって、都市の空間構造、都市の形成過程を一回、キチッと押さえてみる。これも、佐賀の事例で後ほど紹介しようと思います。
それから、歴史・文化を踏まえた都市のシンボルの発見ですが。これは、建築的、あるいは土木構造的な捉え方ではなく、歴史・文化論からシンボルの発見が必要であろう、ということです。
それからですね。これはいろんな自治体がされていますが、「福岡のシンボルってのは、何処やッ。」ということです。これはアンケートをやったり、大学の機関が調査したり、あるいは市のモニター調査などでよく上がってくるのですが。例えば、大阪で言うと、すぐ出てくるのが「大阪城」と「道頓堀」。大阪の市民にとって何処がシンボルになるのか、あるいは(観光客であり、ビジネスで来られる人など)ビジターが外から見た場合に大阪のシンボルは何処なのか。というアンケート調査をやって、点数化した客観的な結果を見てみる必要があるということです。
それから、先ほどの「アフィニティ」の中に、人間のアクティビティというのがありましたが、シンボルを単に保全という形だけでなく、それに連動する形で、祭やイベントの中で活かしていくということがあります。これは大阪だけでなく様々な都市で行われていることだと思います。


それでは、今ご紹介した意味的なアフィニティという観点から、まずは大阪の事例を見ていただきたいと思います。


歴史と都市空間構造をふまえたシンボル空間のネットワークと活用 【『水都・大阪』プロジェクト】
大阪市は、ここ数年、府・市の行政と財界である「関西経済連合会(関経連)」、商工会議所などで『水都大阪協議会』を設置しまして、「これからは大阪は『水都』でいこう」と大々的に始めたのです。
実はですね、シンボルだとか、これから出てくる那珂川の問題を考える上で、福岡のアイデンティティをつめてみる必要があると思うのですその参考に「水都」をテーマにあげた大阪の取り組みが良い手本になると思います。
これは、大阪の場合、国の都市再生プロジェクトなどに認められて、幾つか具体的なプロジェクトになっています。2009年を『水都大阪』のシンボル・イヤーにして、−(地図の中の)この点には様々なプロジェクトがあるのですが−八軒家浜という昔でいう市場がここにあったのです(右上の挿絵)が、この階段の手前側に札所がありました。この辺りを現代的に展開するということで、水上バスの乗船場と、イベントができる場所をつくろうとしています。
つまり、大阪は『水都である』というアイデンティティのもとに取組みをはじめて、水を発見して、それを強く位置づけ、財界、府・市が一緒になって、各プロジェクトや公共投資、イベントなどを集中させていこうという動きとなっています。




したがって、福岡でも都市のシンボルというのを個別の問題だけでなく、市あるいは県が、大きな構図の中で、新しい福岡の都市構造や、どのように福岡の都市をこれから育てていくのかというテーマを、まずは見つけることが重要。もしかしたら、これから紹介がある那珂川や中洲などに、その可能性があり、福岡の都市構造に位置づけられていくのかもしれません。
そういう仕組みを大阪の『水都大阪2009』のプロジェクトは実践しています。
この『水都大阪2009』プロジェクトは、府・市が仕掛けたイベントだけではなくて、小さなイベントもあります。例えば水上カフェをやるイベント、いろんなコンサートがあり、様々なイベントは市民やNPO、各種団体を巻き込んで動いています。それから橋の上−大阪は八百八橋(はっぴゃくやばし)ということで、橋が重要なシンボルとなる訳ですが−で、みんなでお弁当を食べるイベントといった、いろんなイベントが『水都大阪』というテーマのもとに、少しずつ動きつつあります。その例をちょっとだけ紹介しますと、北浜というのは大阪の経済の中心で、株の取引所があるところですが、ここにあるレストランが、夏の時期に京都の川床(かわゆか)のようなものを社会実験でやろうということで、レストランの川沿いの方に仮設の床をつくって、そこで食事なり何なりをしてもらおうというようなことをやり始めました。これには、実は河川法だとかいろんな問題があるのですが、当初は役所の方はなかなか動かなかったのですが、だんだんそういうものも必要ということになりました。ということは『水都大阪』ということで、府知事も大阪市長もみんな協力して推進しようということになり、そういった河川法の河川管理のカベも、弾力的に扱おうということになりました。


御堂筋:歩行者空間の快適化 【アートギャラリー/カフェ】
大阪のシンボル道路というと、「御堂筋」になります。
關一(せき はじめ :1873-1935 日本の社会政策学者・都市計画学者であり大阪市長等を務めた政治家。静岡県伊豆生まれ。)が、大阪の二極構造を結ぶ道路として整備された通りです。
北の方にある今の大阪駅と梅田周辺のかつては湿地で何もなかったところに交通の要衝ができ、一方、南の拠点であった難波にターミナルができたため、それを縦につなごう、ということで地下鉄建設とあわせた拡幅工事により現在の御堂筋がつくられました。当時の市長からは「お前は飛行場をつくる気か」という大変な反対にあったそうですが、今や大阪の顔と言えばまず御堂筋ということで、オーヤンフィーフィーの歌にもなるほどです。また、歌に登場するだけでなく、こうやって通りの写真を見ていただくと分かるように、沿道は、オフィスビルや銀行がほとんどで、当然、1階はオフィスの機能となっているため、休みの日には人通りのない空間となっていました。それで、できるだけカフェをやりましょうということで、これも実験的に行われつつあります。それから御堂筋をギャラリーにしようということで、彫刻を設置する試みが行われています。−福岡市は既に取組まれていて、パブリックアートでは進んだ都市だと思いますが−こういう形でアートをシンボルロードに持ち込もうと取り組んでいます。




御堂筋:イベントの連動 【御堂筋パレード/街かどコンサート】
それから、先ほどのイベントとの連動ということで、この写真は毎年おこなっている御堂筋パレードです。−橋本知事は、今度の予算ではこのパレード費用を削るということで、これからは大幅な縮小ということになりますが−このイベントは、いわゆる行政がつくった官製の祭で、福岡の歴史と伝統で培われた『山笠』とはずいぶん違ったもので、市民のエネルギーも違います。協賛の企業だとか、学校・団体がかなりの部分やっています。いずれにせよ、それでも結構、元気に今ではやっている大阪のお祭です。こうして見てみると今、面白いと思うのは、お役所主導のものから、御堂筋沿いの事務所の1階をできるだけ市民開放してギャラリーにする取り組みや、総合設計制度なんかでできている広場・公開空地などで『街かどコンサート』をやりましょうという展開が今始まっています。これにJUDI関西のメンバーも加わりながら、企業と一緒になって展開しようと取組みつつあります。



中之島:シンボルのネットワーク、歩行者空間の快適化 【みおつくしプロムナード】
それから、大阪のもうひとつのシンボルに『中之島』があります。
これが(左下の写真が)日銀の大阪支店。(右上が)大阪市公会堂(旧大阪市役所)。その後ろに府立図書館があります。この一帯は、文化施設と行政・金融の中心地であったところです。それを強化するということで、この図面は、かつて私が関わったプロジェクトです。かつての大阪市役所の南側の道路(中央図の赤い部分)は、川沿いの普通のアスファルトの2車線道路だったのですが、これを歩行者専用道路化するということで、そのデザインを私が所属していた日建設計に依頼がきた訳です。実は、この辺の建物は日建設計が手掛けた建物ばかりで、それで日建設計に依頼しようということになったんじゃないかと当時は思いました。
下の図面がその計画図です。下の河川沿い側が公園になっています。
この時、どういうことを考えたかといいますと、基本的にまず周囲の建物の素材となっている御影石の連続性の確保。次に旧市役所の窓割りのモジュールと連動させることを考えました。それで、ペーブ(舗装部分)には、桜色の御影石を格子状に展開することと、入り口部分を強調するということで、赤御影の平板を円形に磨いたものを配置しています。



中之島 【みおつくしプロムナード】
左下の写真が現状のものです。上から見た入り口部分の写真が右下のものです。
右上は舗装の写真です。舗装デザインのディテールの特徴として、舗装材の色を桜色にして、交点には赤御影石のバーナー仕上げとしています。
文化的な拠点には、少し艶やかさが必要であろうと。お役所の施設が集まっていて、重苦しい空間となっていたので、少し明るく、艶やかにするため、赤や桜色を入れることにしました。
もうひとつのポイントは、行政などとのやり取りで大変なんですが、点字誘導ブロックを石で仕上げて、よくある簡便な黄色のものではやらなかった。これには、もちろん賛否両論あるわけですが、このプロジェクトではデザインを優先させました。



道頓堀:歩行者空間の整備と快適化、イベントの連動 【とんぼりリバーウォーク】
次に、中之島から更に南にある、皆さんもご存じの道頓堀です。
左上の写真が以前の道頓堀の景色です。水質浄化のための噴水もありまして、水路も比較的巾が広かったのです。
現在、水路の両側に「とんぼりリバーウォーク」というデッキをつくって、人が歩くようにして、かつ店舗も水路・「とんぼりリバーウォーク」側にできるだけ入り口をもつような、店舗の顔を水路側に向けるようにしました。そして都市のシンボルになるよう、様々なイベントをやっています。−真ん中下の写真は、天神祭の様子です。−
これも、シンボル空間としての道頓堀をさらに、歩行者のネットワークでつなげていきながら、かつそこで様々なイベントをおこなうことによって、シンボルとしての価値を加えています。特に、イベントを実施するのは、行政だけじゃなくて、地元の商店会、あるいは市民団体等々が参加して、いろんな形でいろいろなイベントが行われています。
それから、右上の写真が有名な戎(えびす)橋です。これは昔の写真で、それが今は、円形のスロープで下に降りていくような形で出来上がっています。この設計は、私たちが所属しています、都市環境デザイン会議(JUDI)の関西ブロックが上部の基本設計を受託して、会員内でコンペをやり、案を1つ1つ上げながら、役所と調整してやりました。しかしながら、こちらが提案したことの何分の1も出来ていないということもあって、賛否両論でした。



シンボルと連携した都市デザイン 【梅田お初天神の参道】
先ほどまでは、シンボル空間の比較的公共空間の話をしたのですが、都市のシンボルを歴史的・文化的な脈略で捉えた事例を紹介します。これは梅田周辺を上から撮った航空写真です。左手が大阪駅前の再開発ビル群で、その前を御堂筋が通っています。この御堂筋を渡った所に、俗に「お初天神」と呼ばれている盛り場があります。その一角にある「露天神」が左上の写真です。この周辺が「曽根崎心中」の舞台になっていて、「露天神」へ参拝する人が引くことのないところです。
神社というのは、普通、東をむくか、西を向くかということになるのですが、この露神社は南を向いていて、しかも参道が切られています。実はこの第一生命ビル(右上のパース)が建てられる時に、ビルの足元1・2階に参道を通して、シンボル的な空間を民間の協力を得ながら実現しています。計画の段階から、そのシンボル性が重視され、総合設計制度を活用して、民間の敷地に公開空地を通して、歴史的に謂れの深い神社へ向かい地域のシンボルとなる参道を確保した事例です。
このように、参道のような小さなシンボル軸は都市の中には幾つもあって、なおかつ、それは必ずしも公共空間に限定してあるのではなく、民間の敷地に関わっているのも少なくない。そうした小さなシンボル空間を連鎖させていくことは、都市デザインの知恵ではないかと思います。



シンボルと連携した都市デザイン 【梅新住友生命ビル】
次に、写真下のこれは中之島です。先ほどの説明した「中之島みおつくしプロムナード」の設計をやっている頃に、関連のプロジェクトとして関わったプロジェクトです。写真上(市役所と日銀の間を通る御堂筋を北に上がったYの字交差点)のところに建っているのが「梅新住友生命ビル」です。
ご存じの通り、生命保険会社は不動産部というセクションを持っています。その不動産部には大学で建築を学んだ専門の方もおられます。そこで、当初、日建に持ち込まれた時には、彼らから発注条件として、おおむねの絵があったわけです。
この敷地は、広幅員の道路に面した角地ですから、建築基準法だと建ぺい率の緩和ができますので、敷地ベッタリに建てることができます。賃貸オフィスでいうレンタブル比(貸せる床の比率)が高ければ高いほど、事業性が高い、貸主にとっては良い物件になりますから、当然、敷地いっぱいの建ぺい率いっぱい、いっぱいの建物が計画の条件となり、当然、「梅新」の場合もそのような施主側の意向でした。




ところが中之島側から御堂筋を北に眺めた時に、Yの字の頂点が正面にあたっていて、実は、「中之島みおつくしプロムナード」の設計の時に、中之島の歴史・文化的建築群の連続立面図とあわせて「梅新」も描いていたわけです。そうすると、「梅新」は御堂筋の先のランドマークとなっていたわけです。その連続立面図では、低い建物ではなく、シンボル性を強調した、細く高い建物としていたのです。
ご存じの通り、細くすればするほど、エレベータと階段室は小さくはなりませんから、1階辺りの貸す床面積は少なくなるわけです。つまり、ますますレンタブル比が悪くなるわけで、そうすると施主の住友生命は大変、怒ったわけです。「そういう提案をするとは何ごとだ。」と。私は直接、伺わなかったのですが、当時の担当者に「お前はそんな案を出して、責任が取れるのか。」とクレームがありました。そうすると、設計事務所というのは一体何なのか。御施主さんの言うことだけを聴けば良いということではなく、設計者としての社会的責任を考えると、より良い街をつくり残す責任があるはずだということになりました。そうした設計者としての意向を、最後には社長と社長の直談判になって、押し通したそうです。
それで、当初は現在の半分ぐらいの高さ・階数だったのを、左上の写真にある通り、縦に長いビルになりました。その結果、御堂筋の、特に南側(中之島付近)から見た時のランドマークとなりました。こうした都市のシンボル性を高めるための都市デザインを連鎖的にやっていくべきであり、その一例が「梅新住友生命ビル」のプロジェクトでした。


文化的アフィニティの現代デザインへの応用1 【韓国総合貿易センター】
さて、今度は大阪から離れます。
ところで、今一度、『アフィニティ』って何だ。ということを説明したいと思います。この左側にある図面は、全て『日本の都市空間』という本から抜粋しています。『日本の都市空間』は、東京大学の丹下研などに当時、所属していた先生方がかいた大変立派な本で、今でも日本の都市を考える上では、教科書的なものとなっています。−余談ですが、その本の中で磯崎新さんが言っておられたのは、彼らはこういう勉強をしながら、ヨーロッパのデザインをそのまま持ち込んでいたのです。−この本を改めて読んでいて、「(日本の都市空間は)何とかならないのか。」という思いがわいてきます。日本には日本的な文化的アフィニティ=親和性があって、日本人には左の図のようなデザインは分かるんですね。それをなんか都市デザインに展開できないものかということで、(残念ながら、日本ではなく)韓国の開発プロジェクトで実践することになりました。韓国ソウルの江南地区で計画されている展示場・会議場、ホテル、オフィスビルの大規模複合開発です。それをたまたま僕が会社に居た時ですが、同期の奴が担当していて、「相談にのってくれ。」と言われたんです。
彼が目指していたのは、ヨーロッパ、欧米のデザインで、左右均等の、いわゆるシンメトリーなんです。シンメトリーというのは、日本の国会議事堂にしろ、何にしろ、日本の近代建築の中で展開されてきたデザインです。
一方、日本の美の例えとしてよく上げられる「桂離宮」は、シンメトリーではありません。また、ここにあります法隆寺にしろ、松本城にしろ、日本庭園の石組にしろ、ここにある門松の絵も、左右対称じゃないんだけれどバランスが取れている。左の絵にある生け花の「天地人」では、左手に出て行って、前に高く出て行っていて、右にちょっとまた出る、といった非対称だけれど動的なバランスを感じさせるところに美しさがあるのではないかと思いました。また彼に韓国のこのプロジェクトの都市デザインのコンセプト、考え方に、この生け花の「天地人」をアドバイスし、そして高さ関係のバランスに応用し、高いの、低いの、中ぐらいのというふうにボリュームの展開の仕方も、日本庭園の石組の考え方を応用したのが、この韓国のソウル・江南地区の「韓国総合貿易センター」です。
この次のスライドは模型写真と右はCGです。実は右手の高層ビルはそのまま出来ているのですが、左の中ぐらいの建物は実施設計で変えられて、こういうふうにはなっていません。しかし、このバランスが先ほどの松本城のシルエットのような、日本的な美学を見出せると思うのです。
だから、ここで申し上げたいのは、日本の伝統的なデザインを今もそのままをやれと、ちょんまげの時代のデザインをやれというのは無理な話ですが、日本の都市でつくっていくデザインには、やはり我々、日本の何らかのデザインの文化を現代のデザインに昇華させる、変化させるような手法を僕は、ここ10年来のテーマにしています。それで、この韓国のプロジェクトを紹介させてもらいました。






文化的アフィニティの現代デザインへの応用2 【神戸ポートアイランド市民広場】
次に紹介するのは、先ほどの「日本の都市空間」から同じく引用したものです。
ここにある布石に代表されます、石を使った日本の伝統的な庭園のデザインについて考えたいと思います。庭石の配置は(庭師さんに聴いてもらうと分かるのですが)、こういう大きな石を置きながら、次にその大きい石に添えて石を並べていき、そのバランスを考えながら造っていくわけです。ここに黒を置くと、次に白がここに来て、またそれに絡んで黒が来る。こういうふうに、ひとつの石が次の石の連鎖を生んでいくパターンがあるということです。これもまた日本の伝統的な美的な審美性の追求だと考えても良いのではないかと思います。
これは神戸ポートアイランドの市民広場を上空から見た航空写真です。
この広場は、黒御影のバーナー仕上げなんです。その中に赤の磨いた石をランダムに置いているのです。これは私の恩師の上田篤がこの広場デザインの基本計画を手掛けていて、私の恩師いわく、「この赤い石は、庭石の布石である。」ということでした。だから、「広場というのは、云わばヨーロッパから輸入されたものだが、そこに和のデザインの考え方を入れるんだ」ということで、こういったデザインが出来上がりました。−残念ながら、現在、ここは閑散としています。なかなか都市開発は難しいな、という事例です。−



歴史都市の空間構造 【佐賀城下町】
ということで、最後にですね、私が佐賀に居た時に、城下町佐賀はどんなふうに都市デザインされているのかと、一考した一部を紹介したいと思います。何故、これをもち出したかというと、先ほど触れた「シンボル空間を考えるときに、都市の構造、歴史的な変遷だとかをキチッと学ぶべきだ」ということをこれで詳しくご説明したいと思います。
都市計画の調査でも、歴史的な建物なんかはよく勉強するんですが、かつての城下町の都市構造もついてはあまり調べない。都市整備事業においては、昔の城下町の都市構造を理解した上で、また、それを活かすよう、道路の整備であったり、市街地の開発をするべきだと思うのですが、大概において、こうした歴史的なものをぶっ壊しながらやっているのが常であります。
それで、佐賀の城下町を佐賀の「シンボル」として考えて都市デザインをやるなら、本当にどんな構造になっているかを調べるべきだと思い立ち、私なりに一生懸命、調べました。
左下の城下町の絵図は、九州大学の宮本先生が作成されたものです。宮本先生の論文には、あまり都市構造のことは書かれていないので、私なりに佐賀城下の都市構造を分析してみました。
山というのは、昔の人達にとって「様々な聖山、神山、神の山」と云われていて、それらに囲われている土地では、都市が繁栄し、守られるという風水にも通ずる考え方を、当時の城づくりでは行われていたと思われます。京都の平安京でも見られます。
佐賀城の北側、龍造寺八幡宮上の軸線の先に、ちょうど九州自動車道長崎道路の大和インターから降りたところに、標高二百数十mの甘南備峰(かんなびやま)というのがあります。(字はいろいろありますが)甘南備峰というのは、北海道や東北を除いて各地にあるのです。その意味は「神の山」ということです。実は、この甘南備峰を中心に都市軸があるんじゃないかと思い、調べてみましたら、こういうふうに甘南備峰―龍造寺八幡宮−佐賀城と結ぶ線があるようでした。




一方、外堀が北側にあるのですが、その東西に通っている外堀が南に「くの字」に曲がる個所が、東側・北側にそれぞれあるのですが、それが甘南備峰の都市軸から同じ距離につくってあるんです。その真ん中、都市軸と北側の外堀が交差する所に龍造寺八幡宮が置かれ、城下町全体を守る神社とされたのだろうと思います。これを調べるために、風水理論を3年ぐらい一生懸命勉強して、佐賀城の都市構造は、風水理論にかなっているんじゃなと結論づけています。これについては荒唐無稽だと言われることもありますが、考えてみますと、昔から人々は、病気などが流行したり、戦(いくさ)が始まると、天罰を避け武運長久を祈ったり、病気や災いを避けるよう祈ったりするのは、神仏に祈りを捧げる行為に結び付きます。それで、その時代の人々は、何らかの形で「守る」ということを表す都市デザインが図られたのではないかと思います。
また、都市軸というのは隠れている可能性があるのですね。それが周辺の海とか山とかと、意味としてつながっている可能性がある。博多、福岡でもある可能性がある。それから、方位というのも都市軸、都市デザインに大きな影響を与えています。
最後に、もうひとつのスライドで詳しく話したいと思います。
城下にある主要な神社の参道を全部調べました。先ほどの城下の真ん中を通る都市軸を挟んで、主要な神社が北向き、西向き、東向きというふうに、参道を都市軸に向けているんです。それぞれの神社の由緒を調べると、例えば、ここに与賀神社というのがあるんですが、与賀神社は西側からの敵を防ぐために、西向きに建てられたとあります。東側に巨勢神社というのがあるのですが、これも昔はもっと東にあったのを、城下町を建設する時に、ここまで引っ張られてきて、それから東向きにわざわざ向けられたと書いてあります。ということで、神社の向きというのはいろいろと意味があります。




ご存じのように、福岡でも箱崎宮はほぼ北を向いていますね。また宗像大社は北を向いています。宗像大社や箱崎宮は基本的には海運や漁業の安全祈願が奉じられていて、箱崎宮に関しては朝鮮だとか中国からの敵を防ぐために建てられたとあります。それは神社など神の力で大陸からの敵を防ぎ、参道が敵を導くような形にしているために、わざわざその方角に向けられています。
それは我々の普段の生活にも見ることができて、普通、仏壇とか神棚を、西や北に向けるなというのは、西や北は「陰陽道」でいう「陰」の方角になるからです。だから、仏壇や神棚は、陽が上がってくる方向(東や南側)に向けなさいということです。そういう意味では、初詣や神社参りを夕方、陽が沈む頃に行く人はいけないんですね。宗像大社は北側の海に沖ノ島という神の島があって、それに繋げるという意味があり、それでほとんどの神社の参道には、敵からの災いをさけるといった意味があります。(そのようなことを各都市で拾い出してくると、いろんなことが発見できるのではないかということで、5年ぐらいかけて一生懸命、図書館にこもっていろいろと調べました。)
先ほど、都市軸の中心にある龍造寺八幡宮の話をしましたが、その龍造寺八幡宮から丁度南西45度の方向に高伝寺という鍋島藩の菩提寺があります。その菩提寺と龍造寺八幡宮が45度で結ばれているというのがおかしいなと思い、いろいろと調べたのですが、この菩提寺である高伝寺の真北にあたる所に本庄神社という大きな神社があって、江戸時代の初期に、その南側の田んぼの中に参道と3つの石の鳥居をわざわざ造っているんです。「参道」というのを辞書で調べると、「参拝客が通る道」と書いてあります。しかしながら、この本庄神社の参道は、田んぼの中にありますから、参拝客は通りません。「何でやろう」と思いまして考えてみると、その参道の先に高伝寺の森がこんもりとあったわけです。どうもこれと結びつけられるんじゃないかと思いました。それでよく調べてみると、こういう立地条件で、由緒書にもそれを何となく思わせる内容が書かれていました。鍋島藩の菩提寺である高伝寺の鬼門の方角(北東)を守っているのが龍造寺八幡宮です。
こうした風水理論から紐解いた因果関係により、佐賀城下町の都市構造を知ることができました。

ということで、都市のシンボル性、先ほど申し上げていた歴史的文化性の意味というのは、こういった分析、研究を踏まえると、単体から都市の全体の構造を見直して、その中から「何が都市のアイデンティティになるのか、何が都市のシンボルになるのか」という次のストーリーへの展開が可能になるのではないかと思います。


以上で私の基調講演『これからの都市デザイン:アメニティからアフィニティ』を終わらさせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

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